パンジーと熊ごろう先生
僕たちの高校の数学の先生、熊ごろう先生。もちろん代々伝わったあだ名です。いつもよれよれの服を着て、ふらふらと廊下をさまように歩いています。シベリアに連れて行かれて頭が狂ったんだとか、息子さんが早くに死んでからぼけたんだと僕たちは噂していました。
確かに先生は数学の授業を担当していますが、教壇の上ではこっそりと赤本を見ながらの毎日で、黒板に書いてる数式がとうとうわけの判らないものになる事もしばしばあります。
そんな時、熊ごろう先生は決まって黒板に耳をあてて
「お〜うい、黒板よ〜 教えておくれ〜」と言い始めます。
それでも数学が先にすすまないと、更に黒板に向かって
「どうして教えてくれないんだ」などと嘘泣きを始めます。
僕たちは先生の演技の見事さにいつもだまされてしまい、数学は結局のところ、自分で勉強しなきゃならないんだなあと、変に納得させられてしまいます。
教務室にいるのが嫌いで、いつも学校の回りの花壇ばかりいじってる熊ごろう先生。見かけも授業も、とても高校の先生とは見えず、よそのおじさんが勝手に学校の花の手入れをしている風にしか見えません。
ある日、先生はパンジーの花壇に水やりをしていました。一心不乱にパンジーの一花一花に向かっている先生の真剣さが、僕らにはとても滑稽でした。
ついつい先生の背中に向かって僕は
「ボケの熊ごろう!」と声をかけてしまいましたが、先生は聞こえぬ振り。
そのうちに、聞こえていなかったはずの先生が、後ろを向いたまま
「おい 北澤 このパンジーはお前達なんだよ」
「パンジーの花は、人の顔に似てるだろう」
「そして ひとつひとつ みんな違う模様なんだよ」
「俺にとっては なあ〜 この パンジー達はお前達なんだよ」
「みんな ひとりひとり違うだろ」
「俺にとっては なあ〜 この パンジー達はお前達なんだよ」
北澤 幹男