ひとりぼっちのけんじ君
診療所から少し離れた交差点の脇に小さな家がぽつんと建っています。
あまりにも小さくて簡素なこの家には人が住んでいる気配はなく、
うち捨てられた無人の小屋のようです。
その小さな家に50才を幾つか過ぎたけんじ君は、一人暮らしです。
両親が亡くなってからは、近くに住む姉さんが様子を見に来るくらいで、
訪れる人もありません。幼い頃から、風貌も行動も地域の人からは異様に思われていて、
友達もなく、一人ぽつねんと暮らして来ました。
以前から、変わった風貌ときたない格好だという事で、盗難等の事件があるたびに
けんじ君がいつも疑われて来ました。
数年前に、お金に困ったけんじ君は、本当に盗みを働いて警察に捕まってしまいました。
そのけんじ君がある日、姉さんに伴われて診療所を受診しました。
確かに、薄汚れた格好と、やや不自由なしゃべり方では、見る人を怖がらせる風体でした。
姉さんは
「何とか薬でこの人をまともに出来ませんか」
「できません」
「また警察に捕まると困るんです」
「・・・・・・」。
「けんじ君、草取りしようよ」
「診療所の前の花壇や周りの草取りをお願いするから」
「でもお金は払わない、その代わりにお昼をごちそうするから」
そして、何か納得のいかない顔で姉さんとけんじ君は帰って行きました。
翌朝、診療準備をしていたところ、受付の職員が血相を変えて飛んで来ました。
「先生、凶器を持った怖い人が待合室にいます。」
「えーー」
「周りのお年寄りが怖くて固まっています。」
困ったなと思いながら、待合室をのぞいてみると、何とピカピカに磨かれた
良く切れそうな鎌を抱いてけんじ君が真面目な顔でソファーに座っていました。
周りにいたお年寄りは恐怖感から、しーんと押し黙っていました。
何かあるといけないと思いながら、思い切りの笑顔を浮かべながら
「けんじ君や、草取りする気になったかい」
「うん、うれしくてさっそく鎌もちゃんとお金を払って買って来た」
「でもけんじ君、鎌を丸出しで持って来たら、周りが怖がるよ」
「うんうん だいじょうぶ」
その日から、けんじ君は雨の日も暑い日も休日以外は毎日診療所に
来るようになり、黙々と草取りをしました。最初は花を抜き、草を残していましたが、
少しずつ刈るべきものが判るようになりました。冬は、一生懸命に雪かきをしてくれます。
約束通り、お昼は給食を用意してあげますが、厨房の職員もけんじ君にだけは、
おかずを多くしたり、おまけをつけたり、ご飯はもちろん大盛りです。
けんじ君が来るようになり、数年も経つと、草取りや雪かきをしている姿が、
景色にとけ込むようになりました。
そんなある日、人目を避けるように刑事さんが診療所に来ました。
隣町での窃盗事件の捜査だと伝えられました。最近のけんじ君の働きぶりや休んでいないか等を訪ねて帰りました。警察はけんじ君が犯人だと思っているようでした。心配になり、けんじ君の家に行きました。
「最近、悪い事してないよね」
「うんうんしてねえよ」
「なんかあったらしくて警察が診療所に来た」
「何にもしてないよね」
「うんうんしてねえよ」
その数日後に、刑事さんからけんじ君に会って来たと電話が有りました。
けんじ君の生活はきちんとしていたし、本当の犯人も見つかった。捜査とはいえ、
けんじ君には迷惑をかけたと言われました。
最近は、職員の夏のビール大会や、忘年会に招かれて一緒にお酒を飲むようになりました。
ひとりぼっちのけんじ君ですが、今ではみんなの景色の中で、大事なけんじ君です。
少し不自由さはあるけど景色にとけ込んだ「けんじ君」・・・・君だって社会の大事な一員だよ!
みんなで普通につきあって行けば、ゆっくりだけど
笑って、幸せに生きられる。
ひとりぼっちじゃあ誰も生きられないものね。
「かもしか」のみんなと一緒にいきいきとがんばれ!
投稿: M.K | 2007年5月29日 (火) 11:03