ラムの憂鬱
ふさばあちゃんはとてもとても小柄なおばあちゃんでした。
それに比べておじいちゃんはとても背が高く、ポストと電柱のような夫婦でした。
村の中で一番奥の小さな集落に二人は住んでいました。
おじいちゃんは大変な医者嫌いで、ボケが進んでもめったに診療所には
来ようとせず、とうとう田んぼにはまって息絶えている状態で見つかりました。
ふさばあちゃんは半狂乱となり、町の娘さんの家にしばらく預けられて
しまいました。
往診に行くとふさばあちゃんは寝たきりの状態で、食事もままならぬ様子で
更に一回り小さくなったようでした。
町に嫁いだ娘さんにあずけられてからは、自宅恋しさがかえってつのり、
日に日に弱ってしまい、腰まで痛くなり、どうにも辛い療養となっていました。
その頃、診療所に併設して、老人保健施設が開所した為に、面倒の見切れなくなった
ふさばあちゃんは、入所する事となりました。
また我が家には、赤毛のボーダー・コリー犬の子犬のラムちゃんが来ました。
最初は縫いぐるみのような小さなラムでしたが、やがて朝は一緒に老人保健
施設の中を散歩するようになりました。
ふさばあちゃんは置いて来た6匹の猫が心配でしたが、ラムが寝ているベッドに
ちょこっと顔を出すと大変に喜び、枕の下からせんべいを半分くれました。
その日から決まって、ラムはふさばあちゃんの部屋に顔を出すように
なりました。ふさばあちゃんは毎朝毎朝ラムが来るのを待っていました。
そのうちに、頭と首がだいぶ動くようになり、
ベッドからラムを見下ろし、「ラムちゃんや、私の家の猫達はどうしているだろうね」、
ラムは「ふにゃふにゃ」、「ご飯をもらっているだろうかね」「ふにゃふにゃ」、
いつの間にかこんな会話も聞かれるようになりました。
こんな状態が何ヶ月も続いたある日、とうとうふさばあちゃんはベッドに
身を起こせるようになり、
「早くラムを追っかけられるようになればね」「ふにゃふにゃ」「歩けるようになれれば」
「ふにゃふにゃ」等と会話しながら、ベッドの脇からせんべいをくれました。
やがて車椅子でホールにも出られるようになったふさばあちゃんは、
朝にラムを見つけると、全速力で車椅子で自分の部屋へとせんべいを
取りに行くようになりました。
とうとうある朝行くと、そこには壁に伝いながらも二本の足で立っている
ふさばあちゃんがいました。
ラムの顔を見つけるなり、
「ラムやおまえのおかげで歩けるよ」「ふにゃふにゃ」
「ラムやおまえがいなかったらまだ寝たままだよ」「ふにゃふにゃ」と
言いながらせんべいを取りに行きました。
それからしばらく経った頃には、ふさばあちゃんはラムの顔を見つけると、
走って自分の部屋にせんべいを取りに行けるようになりました。おかげで女の子としてお年頃を
迎えたラムはすっかりとふくよかになってしまい、ダイエットと運動を命じられる
事となりました。
その後、ふさばあちゃんは診療所の隣に出来た、特別養護老人ホームに
入所しました。また、ラムにはポポという名前の赤毛のボーダー・コリーの
妹が来ました。ラムとポポは、今は毎朝毎朝特別養護老人ホームに
散歩に行きます。ラムを見つけると、ふさばあちゃんは相変わらず
「ラムやよう来た」「ふにゃ」と
自分の部屋にせんべいを取り行き、「ラムやこれしか無いよ」「ふにゃ」と
沢山のお菓子を抱えて戻って来ます。
やっとスリムな女の子になりつつあるラムには、うれしいけれども憂鬱な
有り難い時間を過ごしています。
北澤幹男
ラムの往診ですね。
お年頃に、美容よりも仕事を優先させた
キャリアウーマン★ラムちゃん。
わたしも見習わねば。。。
投稿: つかれた社会人 | 2007年6月 8日 (金) 15:04